恋 終幕

tenjinyama2006-02-17

世画はトシコの屋敷へやってきた
「いるか?」暗闇に話しかける
暗闇から赤い男が現れる
「楽しい事思いついちまったんだが」大の大人が屈託のない笑顔で話す
「話せ・・・」赤い忍者は覆面の奥でニヤリとした

「お前、将軍になれ!」




「聞かせてやろう、波平と雪女の物語」麻生斎が静かに言った

二十年前、吹雪の吹き荒れる深夜の春日山
少年の陰陽師は神社にて精神統一の修行中・・・
「・・・ナミヘイサマ」脳裏に響く女の声
少年は声に気を取られ精神統一を解く
声のする方へ近づく
そこには何やら高級そうな紙−式符
式符は巫女達によって封印されていた
巫女達は既に就寝していた、少年は好奇心に駆られ式符の周囲に施された結界を解いてしまう
辺りは一層吹雪が強まった
青白く光る式符
恐る恐る式符を手に取る少年、式符は少年の手の中で眩い光を放つ
光の中から現われたのは−女
透き通るような白い肌
青白く淡い光を纏うその身体
雪女
波平はその魔性に心を奪われる


「君は?」少年は荒れ狂う吹雪の中、女に尋ねた
「ワタシハユキオンナ、ナミヘイサマ、アナタノシモベ・・・」
「しもべ?ぼくまだ高位の召喚術はできないんだ、友達じゃだめ?」
「・・・・・トモダチ」
「ごめん、なんだかとっても眠くなっちゃった・・・」少年は無意識のうちに高位の式神を呼び出したことにより、その精神力を大量に消費し意識を失い式神−雪女は召喚師の制御を離れる
「ニンゲン・・・フクシュウ・・・コロス」
「ナミヘイサマ・・・トモダチ」

雪女は波平を連れ去り吹雪の中へ消えていった


翌朝、波平は暖かい布団で目覚める
あたりを見回す、ここは?ぼくの家?、外は吹雪は止んでいた。
囲炉裏にかかった鍋、奥のほうでトントンと包丁の音
音の主−女
どこぞの姫かと見間違う程の美貌、昨晩の姿とは違い今では人間と変わらない姿
「雪女さん?」尋ねる波平
「お目覚めですか、今食事の支度を」
運ばれてくる料理、海の幸、山の幸
「いただきます」そのどれもが抜群にウマかった、女は美味そうにたいらげる波平を見つめている
「ごちそうさまー こんなうまいもんはじめて食べた」笑顔の少年
「よかった」
「それで雪女さんて呼ぶのも、名前は?・・・」

「雪と申します・・」しばし間を空けて答えた
女の話−−−昔々、越後の小さな山村、一年中吹雪が止まなかった
村長は、山の神に生け贄として処女を差し出す事を村人と相談して決める
白羽の矢が立ったのは村長の娘だった、娘には許婚がいた
村の若き占い師の男、男は占いで炎や風や雨を操ることができたという
村長は、娘可愛さに生け贄の事を男に告げ二人を逃がす
村人達は怒り村長を殺した
山へ逃げた二人だったが吹雪に阻まれ、娘の体力に限界が訪れる
娘は自ら命を山の神に捧げると誓い山の神を呼び出す
男は山の神と対峙し、来世で娘ともう一度逢わせてくれと嘆願する
山の神は承諾し、男は自らの身体を炎で焼いた
こうして処女の血と占い師の命で長く続いた吹雪は止んだという
やがて時は流れ、山神は男との約束を守り
この地に一人の子供が誕生した年に、女を雪女として復活させたという
村人は恐れ、春日山陰陽寮に依頼し雪女を式符に封印してしまう

そしてまた月日は流れ、、

「雪か!いい名前だね」遥か昔の占い師の面影を残す少年波平が笑って言った
その二人の様子を見守っていた若い巫女が一人
神社から消えた式符の行方を捜索していた若い巫女、やがて波平と出会うこととなる巫女
黙って去った
吹雪が止んだ事によって人々は消えた式符の存在を忘れてゆく
波平は次々と陰陽寮の目録を皆伝してゆく、雪という存在が波平の妖力を増大させる
雪は村人達にも馴染み幸せに過ごしていたのだが
雪と暮らし一年が過ぎたある日、付近の野党の集団が波平の村を襲う
波平は陰陽寮にて修行中の為に留守だった
次々と略奪、強姦し家に火を放ってゆく野党の一団
「あそこに上玉の女が!捕らえろ!」雪を発見した盗賊の頭領らしき男が吼える
「オロカナニンゲンタチ・・・」雪はその姿を雪女へと変貌させる
吹雪が吹き荒れ、盗賊の一団はその血液まで凍らされ全滅
焼けた村も吹雪によって鎮火した、だが
「雪女だー!」逃げ惑う村人達
雪は姿を人間に戻すが、村人達は雪を捕らえ火あぶりにしようと磔にする
「波平様・・・」あえて抵抗しなかった、上杉家期待の陰陽師として成長している波平の為に。
村人が火を放とうとしたその時、磔になった雪の足元に五亡星の陣が浮かび上がり波平が帰還の術によって現われる
「何をしている!」その両目に怒りの炎を宿らせる波平
「波平様!その女は妖怪じゃ!」うろたえる村人達
「鬼や妖怪、物の怪は人の心がつくりだすものです、その姿だけで判断してはいけません」
波平の目から炎が消えた
村人達は謝罪しそれぞれ帰路につく
「雪、ついに皆伝したぞ祝言だ」
その夜、ついに高位召喚術を皆伝した波平は雪を抱き二人だけで祝言をあげた

翌朝、波平の家は数人の兵に包囲された
昨夜、村人の一人が付近の野党征伐に来ていた兵に密告してしまっていた
「波平殿、その女人をこちらへ引き渡してくだされ」兵の隊長らしき男が言った
「何を申される、この女人拙者の妻にござる」
「無理を申されるな!雪女とめおとなど!左京!霊視しろ」隊長が大柄な男に命令した
左京と呼ばれたその大柄な男が近づいて二人を霊視した、波平はやむを得ず術を詠唱しようと集中する
「拙僧の目には、美しい女人としか映らぬが如何に」左京と呼ばれた男が兵達に向き直り言った
「ふざけるな!そこで凍って死んでいる盗賊どもの死体は妖怪の仕業に他ならん」隊長が檄昂する
「気に入らぬならその槍で我が目御突きくだされ」左京が言う
「あくまでも庇い立てするというなら仕方あるまい、伴天連の鍛冶屋!三人とも捕らえろ」隊長は兵の一人に命令した
「ヤダ」ハゲ頭の伴天連が一言だけ言った
「どいつもこいつも!全員捕らえろ!」兵達が槍を構えた
「波平殿、ここは我らが!いまのうちにお逃げくだされ」左京が言う
「ありがとうハゲさん達」波平は雪を抱き帰還の術を詠唱
「オイ、ハゲ アンタクールダゼ」
「ハゲは貴殿もだ」

数多の戦場を駆け、共に戦い傷つき勝利し時に敗れた
波平の命尽きるまで共にと思われた雪女だったが、突如として別れは訪れる
数年後、越中の国、富山近くの橋にて
波平と雪の百鬼夜行にて敵を討つ
波平の周囲を周回する式符がひらひらと舞い落ちた
「波平さ・・ま・・」
「しっかりして!富山で妖力補充すれば平気さ・・・」雪に或いは自分に言い聞かせる波平
「もう・・十分です・・私は幸せでした・・・四百年待って・・あなたに会えた」
「やっと・・結ばれた」雪は消えそうな声で囁く
「二人だけにしてやれ」そう言って左京が富山へと戻り、仲間達もその場を離れる
「イヤだよ一人にしないで」
「一人では・・ありません・・・ワタシハアナタノココロニ・・」
波平の両腕から雪が消え、空から雪が舞い降りた


この日、高位召喚術の目録に新たな項が記されたという
雪の降る日、心悪しき者が富山近くの橋を渡ると橋姫と呼ばれる雪女に襲われるという
心正しき者には橋姫は美しい女に見えるという