産物商襲撃 第三話トシコ

赤い忍者トシコは、その時をじっと待った

「忍法空蝉」
クマに放たれた手裏剣は虚しく交易商の土壁や地面に突き刺さる
その様子を正面の紅葉の木の上で見守った
蘭を抱きかかえ去ってゆくクマ、その背中にはいくつかの手裏剣が突き刺さっていた
「馬鹿が」
おそらく軌道を外れ、蘭に向かった手裏剣をかばい受けたであろう背中の手裏剣をを見て
トシコは呟いた
忍にとって情に流される事などあってはならない事だった。
騒ぎを聞きつけ警備がやってくる
木から逆さ吊りになった状態で警護の口を塞ぎ言葉を封じる
そのまま首の骨をへし折る
力を無くした死体を木の上に引き上げ隣の屋敷へ放り込む
一連の作業、彼もまた優秀な暗殺者だった
音も無く積み重ねられてゆく死体
体格の似た死体から鎧を引き剥がし変装する
交易の門を抜け中へと潜入する
「何の騒ぎだ?」
様子を見に行った警護の帰りが遅いのを気にかけやってきた警護隊長が尋ねた
「酔っ払い同士の喧嘩のようです、痛めつけて追い返しました」
クマの落とした酒瓶の音、戦闘の喧騒を聞かれていても言い訳はつくだろう
「今日は大事な日だ、見張りの手を抜くな」
「ところで貴様、蘭殿には会われたか?もしもの事があったら貴様も俺も命はないぞ、そのこと忘れるでない」
隊長は奥へと戻っていった
「お前だけな」
トシコは呟いた


鍛冶屋は荷車を引き交易へやってきた、外の警備はクマとトシコに片付けられ容易に産物商の門へ辿り付く、産物商の警備は変装したトシコ、トシコの手引きで産物商の番台へ
「拙者の知行地の産物を取引に参りました」
鍛冶屋が荷車に掛けられた布を剥ぎ取る
「産物は屈強な大男でござる」
剥ぎ取られた布の下から現れたのは赤い陰陽波平と左京
「急々如律令・・・・」
波平の術によって眠りに落ちる産物商
四人の男達は見合わせてニヤリとした
「急げ」
鍛冶屋が眠っている産物商から鍵束を奪い取る、トシコは外の交易の警備へ、左京は産物商の門の警備に、波平は産物商に、それぞれが変装する
至極単純な構造の鍵は鍛冶屋によって開かれ倉庫の中へ入る鍛冶屋
それを見届け波平は鍵を施錠した



クマは蘭を抱え暗闇を走った、普段であれば苦にもならない彼女の体重だが蘭の身に付けた具足の重みと、背中に刺さった手裏剣がクマの体力を奪う。
神社の境内に逃げ込み、わずかな月明かりの射す木陰に腰をおろし蘭の具足を脱がせる
白い肌が露になる、小刀を捨て肌に触れるクマ
記憶が蘇る、昇仙峡の花火、上野の桜
記憶、彼の心が蘭をクマを救った
クマは左京の言葉を思い出した
「人を倒すのは心、救うのも心」
小刀が蘭の脇をすり抜け左胸に刺さるその瞬間、彼の心が体を支配した
無意識に放たれた柄による当身
乳房に刻まれた痣と傷を見てクマは自分を呪った
「蘭殿・・また・・・二人で・・花・・・火・・・・」
涙が頬を伝い、抱えた蘭の顔に落ちた

「奪い去ってくれるの?」
暗闇がクマの意識を襲い最後に聞こえたのは蘭の声だった


<つづく>